10周年記念


安曇誕生の系譜を探る会は自分たちの郷土の歴史を勉強することを目指して発足した。今年は10年目で、もうすぐ満10歳になる。「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」と言われる。時の過ぎるのは早いものである。この10年の間で、我々は安曇の古代史について知見をどれだけ蓄積しただろうか。これからもこつこつと歩んでいこうと考えている。写真は10周年記念の会報である。
[2017/12/14(木) 9:29 ]

現地見学会:柳沢遺跡


安曇誕生の系譜を探る会では毎年現地見学会を行っている。今年は奥信濃の柳沢遺跡へバスをチャーターして行った。柳沢遺跡は中野市大字柳沢にあり、千曲川沿いにある。ここは弥生時代の集落・水田等の遺跡であり、青銅器が多く出土している。中でも銅戈(どうか)が8本まとまって出土し、大きな話題となった。弥生時代の青銅器の伝播ルートに関する新たな情報であり、従来の説を見直す必要性を示唆しているとのことである。写真提供は小松宏彰氏。
[2017/11/30(木) 9:54 ]

晩秋


安曇野ではめっきり寒くなってきた。ときどき雪が舞うようになった。あちこちに橙色に熟した実をつけた柿ノ木が見える。柿ノ木の持ち主にとって、実をもいで収穫するのは大変な作業でもあり、取り残されている。晩秋の風物である。そこで野鳥たちが好んで食べにくる。これから冬にかけて、彼らにとって大事な食糧である。安曇野はもうすぐに冬籠りに入る。写真提供は小松宏彰氏。
[2017/11/22(水) 9:58 ]

晩秋の拾ヶ堰


安曇野では稲の収穫が終わり、山手のリンゴの収穫も盛りとなっている。実りの秋は盛りを過ぎた。拾ヶ堰は安曇野の中央を流れ、水田灌漑の役を果たしてきた。いまその役目を終えて、静かに流れている。遠くに見える常念岳はまだ秋模様であるが、もうすぐ白く雪化粧するだろう。安曇野では年々歳々、静かに晩秋を迎えている。写真提供は小松宏彰氏。
[2017/11/15(水) 18:34 ]

秋の味覚


縄文時代では人々は狩猟採集生活をしていたといわれているが、米や栗などを栽培していたことが分かっている。青森県の三内丸山遺跡では、人工的に作られた広い栗林があったとのことである。そこの縄文人たちにとっては重要な食糧だったらしい。そして当時は日本列島全域にわたって栗の木が繁殖していたとのことであり、それらの栗の実を採取していたことも考えられる。栗の実は鋭いトゲを持った殻に包まれており、素手で触るのは少々厄介である。しかし食べて美味であり、保存もできるから貴重な食糧である。そして何よりも秋の風物であり、郷愁を誘う。写真提供は小松宏彰氏。
[2017/10/29(日) 10:01 ]

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